水中日蝕
雨。朝起きたら、どしゃぶり、分厚い雲、弱まってもいつまでも止まない雨。切れない雲
金環日蝕はあきらめました。中心線が通るというのに、なんという運の悪さ、恵まれない立地。
と思っていましたら、分厚い雲が薄くなったところから、ちょうど金環蝕の太陽が見えてきました。
雲が厚いので肉眼でも全くまぶしさを感じることなく、うっすらと光るリングがほんのりときらめくのが見えました。
何層にも重なった暗い雲の彼方に、月とぴったり重なった太陽が美しい輪郭を覗かせて。
流れる雲が薄く切れかかった場所からは、青い空の色が透けて見えてきて、モノトーンから透ける青がきれい。
少し光が強くなってきたので、肉眼ではもう無理、とおもってふと下に目をやると……。
直前まで雨が降っていたので、水たまりができていたのですが、水面に金環蝕の太陽がゆらゆらと揺れていました。
雲が薄いので、金環蝕をとりかこむようにブルーベースの虹色のハローができていて、とてもきれい。
無情な自然の采配による雨天で、金環蝕をあきらめきっていたところでしたが
思いもかけずに、金環蝕を浮かべたミニチュアの空と円形の虹の額装で、雨がもたらした水鏡を堪能しました。
日蝕の水鏡、興味深い経験でした。
金環日蝕はあきらめました。中心線が通るというのに、なんという運の悪さ、恵まれない立地。
と思っていましたら、分厚い雲が薄くなったところから、ちょうど金環蝕の太陽が見えてきました。
雲が厚いので肉眼でも全くまぶしさを感じることなく、うっすらと光るリングがほんのりときらめくのが見えました。
何層にも重なった暗い雲の彼方に、月とぴったり重なった太陽が美しい輪郭を覗かせて。
流れる雲が薄く切れかかった場所からは、青い空の色が透けて見えてきて、モノトーンから透ける青がきれい。
少し光が強くなってきたので、肉眼ではもう無理、とおもってふと下に目をやると……。
直前まで雨が降っていたので、水たまりができていたのですが、水面に金環蝕の太陽がゆらゆらと揺れていました。
雲が薄いので、金環蝕をとりかこむようにブルーベースの虹色のハローができていて、とてもきれい。
無情な自然の采配による雨天で、金環蝕をあきらめきっていたところでしたが
思いもかけずに、金環蝕を浮かべたミニチュアの空と円形の虹の額装で、雨がもたらした水鏡を堪能しました。
日蝕の水鏡、興味深い経験でした。
Hot Stuff
フルモンティ、面白かったなあ。
時代が猛スピードで走り去っていくのを感じざるを得ない。
ドナ・サマーさん、安らかにお眠り下さい。
時代が猛スピードで走り去っていくのを感じざるを得ない。
ドナ・サマーさん、安らかにお眠り下さい。
旬の鰹
庭にあった山椒の木が、残念ながら枯れてしまいまして。
今年の筍ご飯は、木の芽なしで少しぼやけた味となりました。しかし庭で掘れた筍って食べていいのか、やや悩む。
その代わりと言ってはなんですが、船や漁港など独自の仕入れルートを持っている小さな魚屋さんで活〆鰹がありまして。
さくどりしてあるお魚も、身がしまっていてとても新鮮で香りがよいんですわ。包丁を入れても押し返してくる活きの良さ。
これまではたたきにしたりのっけ盛り?にしたりと、かなり薬味をきかせて辛い味付けで食べていたのですね。
でも、最近は何か思い立ったらクックパッドに聞いてみるので、鰹もこれまでとは違った漬け丼(鉄火丼よりおいしい銀火丼)に。
めんつゆ2とお醤油1にみりん1の割合で漬けだれを作って、おろしショウガと刻みネギに好みで茗荷やシソを刻んで混ぜて。
そこに、適度な厚さに切った鰹を20分以上漬け込んで、あつあつのご飯にたっぷりのせて刻み海苔を散らして食べるだけ。
これが、本当に美味しいんですわ。さっぱりした鰹がとろっとつやつやになって、味がよくしみてほんのり甘くてご飯に合う。
今年は初鰹からこれで、すでに病みつきです。みんなで黙って食べてしまって会話なし。翌日の鰹もぐっと美味しくなっちゃって。
近くの神社には芭蕉の碑があって、まさに「鎌倉を生きて出けむ初鰹」と刻まれていまして。
昔も、この辺まではさぞやぴちぴちと元気にはねていたのではなかろうか、鰹の皆さん、などと思いをはせたり。
旬の食材って大事よね。何気なく歩いていける場所あたりで、旬の食材がすべて手に入るのが理想の暮らしかな。
今年の筍ご飯は、木の芽なしで少しぼやけた味となりました。しかし庭で掘れた筍って食べていいのか、やや悩む。
その代わりと言ってはなんですが、船や漁港など独自の仕入れルートを持っている小さな魚屋さんで活〆鰹がありまして。
さくどりしてあるお魚も、身がしまっていてとても新鮮で香りがよいんですわ。包丁を入れても押し返してくる活きの良さ。
これまではたたきにしたりのっけ盛り?にしたりと、かなり薬味をきかせて辛い味付けで食べていたのですね。
でも、最近は何か思い立ったらクックパッドに聞いてみるので、鰹もこれまでとは違った漬け丼(鉄火丼よりおいしい銀火丼)に。
めんつゆ2とお醤油1にみりん1の割合で漬けだれを作って、おろしショウガと刻みネギに好みで茗荷やシソを刻んで混ぜて。
そこに、適度な厚さに切った鰹を20分以上漬け込んで、あつあつのご飯にたっぷりのせて刻み海苔を散らして食べるだけ。
これが、本当に美味しいんですわ。さっぱりした鰹がとろっとつやつやになって、味がよくしみてほんのり甘くてご飯に合う。
今年は初鰹からこれで、すでに病みつきです。みんなで黙って食べてしまって会話なし。翌日の鰹もぐっと美味しくなっちゃって。
近くの神社には芭蕉の碑があって、まさに「鎌倉を生きて出けむ初鰹」と刻まれていまして。
昔も、この辺まではさぞやぴちぴちと元気にはねていたのではなかろうか、鰹の皆さん、などと思いをはせたり。
旬の食材って大事よね。何気なく歩いていける場所あたりで、旬の食材がすべて手に入るのが理想の暮らしかな。
巻貝の棘
カンタル・アントレ・ドゥというセミハードチーズが、美味しい。
昨日はこのチーズに北海道のフレッシュチーズを混ぜてソースを作って、生のフェットチーネに絡めてみた。
ワインと生クリームを使って仕上げるので、濃厚で香りが強いパスタが出来上がる。わりと癖になる。
この生パスタが曲者で、茹で上げたときに不覚にも水蒸気火傷をしてしまった。一瞬で受けるダメージが大きい。
いつまでも皮膚が赤くてチクチク痛むので、冷やそうかなと思って指を見たらもう水泡ができていた。直径1㎝くらいの。
あー、これから水泡が大きくなったら面倒~。病院行くのはいやだし。と思って、遅いけれど氷で冷やし始めた。
ややズキズキして熱くなっている手をかばいながら、冷やし続けること30分。
痛みは引いたけれど、水泡はどれくらい育ってしまったことやら?と思って見てみたら、なんと水泡消失。びっくり。
とりあえず、消えてくれたので、もう最初から水泡はなかったことにする。以後、熱湯には気をつけることを誓う。
火傷と水泡の水を吸収した影響か、そのあと腹痛で短時間苦しむ。ちょっとしたショックの模様。
その影響で、本日は身体が修復時間を要求してきたため、二度寝する。二度寝にしてはかなり長時間の爆睡。
年齢的なものか、最近になって昔の記憶が消え始めているのを感じる。これまでには経験したことのない感覚だ。
どちらかというと何かを忘れたということではなく、記憶に占領されていた自分自身が自由になった解放感がある。
過去が変わったということかもしれない。というよりも、過去が消えていく経験をしているのかもしれない。
やがてこの身体が役目を終えて燃え尽きる時に訪れる、最期の時のシミュレーションのような気がしないでもない。
過去の記憶が消えていくのを見送るのは、なかなかに面白い体験ではある。自分の本体がリセットされていくようだ。
そうするとおかしなもので、地球という惑星に繰り広げられている世界との距離感も変わってくる。やや傍観者的になる。
言葉を変えれば、別の世界の中に存在することを、これまでよりもよりリアルに感じはじめていると言えるかもしれない。
眠りに落ちる前に、半覚醒状態で転がっているときに見たイメージ。ホネガイと葉っぱ(直線的な葉脈)がたくさん。
大体、このイメージが見える時には、ひとつひとつが彩色されていて(配色はレインボーカラー)やや回転している。ゆっくりと。
そして、言葉にはならないような、これまで考えたこともなかったような、世界そのものについての本質的な見方が脳に直接届けられる。
極私的には、これらのイメージが楽譜のようなもので、斬新な世界の見方はこの世の対応する音がない音楽のようなものだと感じる。
昨日の火傷の痛みで、ズキズキと突き刺すような痛みで、「人の魂というのは地球に刺さっているんだなあ」と、ふと思い浮かんだ。
それは小さな水風船に刺さった針のようなもので、無理に抜こうとすると風船が割れてしまう。棘が刺さったまま痛む魂を壊さないように生きる。
でも、何のために?
身体が無くなるときに魂も終わるならば、地球に刺さったままでもいいじゃない?
何度も繰り返し繰り返し見ている、とげとげの巻貝のイメージには、何か深い意味があるのだろう。
昨日はこのチーズに北海道のフレッシュチーズを混ぜてソースを作って、生のフェットチーネに絡めてみた。
ワインと生クリームを使って仕上げるので、濃厚で香りが強いパスタが出来上がる。わりと癖になる。
この生パスタが曲者で、茹で上げたときに不覚にも水蒸気火傷をしてしまった。一瞬で受けるダメージが大きい。
いつまでも皮膚が赤くてチクチク痛むので、冷やそうかなと思って指を見たらもう水泡ができていた。直径1㎝くらいの。
あー、これから水泡が大きくなったら面倒~。病院行くのはいやだし。と思って、遅いけれど氷で冷やし始めた。
ややズキズキして熱くなっている手をかばいながら、冷やし続けること30分。
痛みは引いたけれど、水泡はどれくらい育ってしまったことやら?と思って見てみたら、なんと水泡消失。びっくり。
とりあえず、消えてくれたので、もう最初から水泡はなかったことにする。以後、熱湯には気をつけることを誓う。
火傷と水泡の水を吸収した影響か、そのあと腹痛で短時間苦しむ。ちょっとしたショックの模様。
その影響で、本日は身体が修復時間を要求してきたため、二度寝する。二度寝にしてはかなり長時間の爆睡。
年齢的なものか、最近になって昔の記憶が消え始めているのを感じる。これまでには経験したことのない感覚だ。
どちらかというと何かを忘れたということではなく、記憶に占領されていた自分自身が自由になった解放感がある。
過去が変わったということかもしれない。というよりも、過去が消えていく経験をしているのかもしれない。
やがてこの身体が役目を終えて燃え尽きる時に訪れる、最期の時のシミュレーションのような気がしないでもない。
過去の記憶が消えていくのを見送るのは、なかなかに面白い体験ではある。自分の本体がリセットされていくようだ。
そうするとおかしなもので、地球という惑星に繰り広げられている世界との距離感も変わってくる。やや傍観者的になる。
言葉を変えれば、別の世界の中に存在することを、これまでよりもよりリアルに感じはじめていると言えるかもしれない。
眠りに落ちる前に、半覚醒状態で転がっているときに見たイメージ。ホネガイと葉っぱ(直線的な葉脈)がたくさん。
大体、このイメージが見える時には、ひとつひとつが彩色されていて(配色はレインボーカラー)やや回転している。ゆっくりと。
そして、言葉にはならないような、これまで考えたこともなかったような、世界そのものについての本質的な見方が脳に直接届けられる。
極私的には、これらのイメージが楽譜のようなもので、斬新な世界の見方はこの世の対応する音がない音楽のようなものだと感じる。
昨日の火傷の痛みで、ズキズキと突き刺すような痛みで、「人の魂というのは地球に刺さっているんだなあ」と、ふと思い浮かんだ。
それは小さな水風船に刺さった針のようなもので、無理に抜こうとすると風船が割れてしまう。棘が刺さったまま痛む魂を壊さないように生きる。
でも、何のために?
身体が無くなるときに魂も終わるならば、地球に刺さったままでもいいじゃない?
何度も繰り返し繰り返し見ている、とげとげの巻貝のイメージには、何か深い意味があるのだろう。
新機軸
最近のあまりにも激しい天候には、真剣に身の危険を感じることしばし。
ものになるものかどうかはわからぬが、雲消しのマイ呪術を開発すべく、鋭意努力中っていうか遊んでたり。
その流れで、新しいというか何というか、これまで使ったことのないコミュニケーションを開発中のような気がする。
何かを打開したいときには、程度問題だけれども本能的に危険を感じて、それを乗り越えるためのパワーが必要なのか。
どれほどばかばかしく下らないことに見えても、本気で身体をはって命がけで取り組み続けたことには、結果がついてくる。
時間というのは、人間が使うことができる一番大きな魔法の力であり、ポテンシャルの源泉だと、半ば感動してるみたい。
生きるって面白いことなんだなー。
生きてるとこんな一番大切なことに気がつけなくて、人生にばっかり囚われてしまう。
人間にもし未来があるならば、人生という概念が消えるならばという条件付きになると思う。
人間も動物。人間が動物の道を外したら、外道になるだけ。
解脱ってたぶん動物として存在せざるを得ない道から、卒業することかもしれない。先生は動物だから。
ものになるものかどうかはわからぬが、雲消しのマイ呪術を開発すべく、鋭意努力中っていうか遊んでたり。
その流れで、新しいというか何というか、これまで使ったことのないコミュニケーションを開発中のような気がする。
何かを打開したいときには、程度問題だけれども本能的に危険を感じて、それを乗り越えるためのパワーが必要なのか。
どれほどばかばかしく下らないことに見えても、本気で身体をはって命がけで取り組み続けたことには、結果がついてくる。
時間というのは、人間が使うことができる一番大きな魔法の力であり、ポテンシャルの源泉だと、半ば感動してるみたい。
生きるって面白いことなんだなー。
生きてるとこんな一番大切なことに気がつけなくて、人生にばっかり囚われてしまう。
人間にもし未来があるならば、人生という概念が消えるならばという条件付きになると思う。
人間も動物。人間が動物の道を外したら、外道になるだけ。
解脱ってたぶん動物として存在せざるを得ない道から、卒業することかもしれない。先生は動物だから。
辻褄
ゾロアスター教の入門書兼歴史書を読んでみた。
現在は信者数が大変少なくて、影響力の割には過小評価されている宗教なのではないかという感触を持った。
その歴史は先史時代までさかのぼるらしく、極私的には人類史で最初の一神教なのではないかと思われる。
アクエンアテン(イクナートン)の宗教改革よりも早く、もちろん選ばれた民の妬む神よりも早い。先駆けではないか。
ミトラ教とのかかわりも深く、松明をかかげる宗教行事にはゾロアスター教の影響がないとはいえないだろう。
西洋文明発祥の地とされるギリシャではオリンピックの聖火が採火されるが、聖火という概念はゾロアスター教由来だろう。
ペルセポリスは、アレクサンダーの東征により完全に破壊しつくされ、経典の大部分も焼失している。歴史の末梢といえよう。
アレクサンダーがローマ帝国にヘレニズムをもたらしたことは、文化的均一化という現代のグローバル化の原点なのではないか。
ローマによる都市の破壊は、ナバティア国のパルミラでも徹底された。
交易都市として栄えたパルミラの廃墟は、現在のシリア東部に残っている。大変美しい遺跡だった。
シリアにはキリスト教にゆかりの場所もたくさん存在していて、布教の原点であるパウロ回心の地はダマスカスにある。
さらには、犯罪の原点と呼べるような場所もダマスカスの中心部に存在している。カインとアベルの丘。人類最初の殺人。
このシリアが、人類最後の愚行の地になっているのではないかと訝っている。
シリアで起きていることは、少数派イスラム教アラウィ派とキリスト教徒が支えるアサド家の独裁維持だろう。
独立国で起きている問題だと考えると、答えは出ないだろう。国家の正規軍が国民を毎日殺戮していて終わりが見えない。
そのアサド家の支配が続いてほしい国がたくさんあり、積極的・消極的に支持しているため、シリア人が無意味に死んでいく。
ロシア、中国、イラン、イスラエル、普段は利害対立ならびに傀儡を使った武力衝突も辞さない国々がアサドを支持している。
人類は進歩もしなければ、努力して平和を作り出すこともできない。自分の利益になることならば、どんな悪でも歓迎する。
シリア情勢を打開できないということは、現在の世界を支配しているパワーバランスが、犠牲を必要とすることを意味する。
このシリア情勢の混迷が、人類最後の愚行になるのではないか。
政府側も反政府側も暴力の応酬を続けて、事態がエスカレートしていく先には、何が待っているのだろう。
すべての一神教は、人類がアブラハムから始まったと述べているように記憶している(あやふやだが)。
アブラハムが生まれた土地は、現代の地図で見るとシリアにあることはあまり知られてはいないのではないか。
シリアから北上して、現在はトルコ領になっているハランに定住したことから、約束の地への旅が始まった。
「人類の旅」の終着点が、まわりまわってシリアになり、そこですべてが消えていくのならば辻褄としてはあっているか。
現在は信者数が大変少なくて、影響力の割には過小評価されている宗教なのではないかという感触を持った。
その歴史は先史時代までさかのぼるらしく、極私的には人類史で最初の一神教なのではないかと思われる。
アクエンアテン(イクナートン)の宗教改革よりも早く、もちろん選ばれた民の妬む神よりも早い。先駆けではないか。
ミトラ教とのかかわりも深く、松明をかかげる宗教行事にはゾロアスター教の影響がないとはいえないだろう。
西洋文明発祥の地とされるギリシャではオリンピックの聖火が採火されるが、聖火という概念はゾロアスター教由来だろう。
ペルセポリスは、アレクサンダーの東征により完全に破壊しつくされ、経典の大部分も焼失している。歴史の末梢といえよう。
アレクサンダーがローマ帝国にヘレニズムをもたらしたことは、文化的均一化という現代のグローバル化の原点なのではないか。
ローマによる都市の破壊は、ナバティア国のパルミラでも徹底された。
交易都市として栄えたパルミラの廃墟は、現在のシリア東部に残っている。大変美しい遺跡だった。
シリアにはキリスト教にゆかりの場所もたくさん存在していて、布教の原点であるパウロ回心の地はダマスカスにある。
さらには、犯罪の原点と呼べるような場所もダマスカスの中心部に存在している。カインとアベルの丘。人類最初の殺人。
このシリアが、人類最後の愚行の地になっているのではないかと訝っている。
シリアで起きていることは、少数派イスラム教アラウィ派とキリスト教徒が支えるアサド家の独裁維持だろう。
独立国で起きている問題だと考えると、答えは出ないだろう。国家の正規軍が国民を毎日殺戮していて終わりが見えない。
そのアサド家の支配が続いてほしい国がたくさんあり、積極的・消極的に支持しているため、シリア人が無意味に死んでいく。
ロシア、中国、イラン、イスラエル、普段は利害対立ならびに傀儡を使った武力衝突も辞さない国々がアサドを支持している。
人類は進歩もしなければ、努力して平和を作り出すこともできない。自分の利益になることならば、どんな悪でも歓迎する。
シリア情勢を打開できないということは、現在の世界を支配しているパワーバランスが、犠牲を必要とすることを意味する。
このシリア情勢の混迷が、人類最後の愚行になるのではないか。
政府側も反政府側も暴力の応酬を続けて、事態がエスカレートしていく先には、何が待っているのだろう。
すべての一神教は、人類がアブラハムから始まったと述べているように記憶している(あやふやだが)。
アブラハムが生まれた土地は、現代の地図で見るとシリアにあることはあまり知られてはいないのではないか。
シリアから北上して、現在はトルコ領になっているハランに定住したことから、約束の地への旅が始まった。
「人類の旅」の終着点が、まわりまわってシリアになり、そこですべてが消えていくのならば辻褄としてはあっているか。
杞憂
気象の変動が本格的に始まっているように思える。
ここ数年、レーダーで雲の動きを追っているけれど、最近は不規則で雲の進行方向がめちゃくちゃになっている。
例えば、関東では大体の場合において南西から北東方向、大きく言えば西から東に雲が流れることが普通だった。
しかし、昨年ごろから南東から北西に上がってくる雲が湧いてきたり、東から西に流れる雲が現れるようになった。
今回の同時多発竜巻に見られるような、激しい気象については、日本のメディアより外国メディアのほうが説明が明確だ。
高温多湿と、この季節にはあり得ないほどの上空の寒気と、ブロックする高気圧と、さらにジェット気流の蛇行が積乱雲を生んでいる。
いつも思うことだが、現象の説明はされても、その現象を引き起こした根本原因については何も説明されない。
それでは、何も説明していないのと同じことではないかと思う。現象の後追いだけならば、誰でもできるだろう。
なぜ、ジェット気流が蛇行しているのか、なぜ、ブロッキング高気圧が日本の東海上から動かないのか。
なぜ、日本の上空だけではなく、地球の上で高気圧と低気圧が固定化されたように渋滞した状態になっているのか。
それらが最近の梅雨入りしたような雨続きの、そして少し条件がそろってしまうと、災害レベルの激しい気象を生む原因だろう。
雲のおかしな動きは、ここ2年ほどで激増しているように感じる。
それにともなって、ブロッキング高気圧にも気づくようになった。
さらに日本を通過していった低気圧が最終的に北海道のはるか北東に流されて、たいてい低気圧が2,3個たまっていた。
その、低気圧の墓場(ヨーロッパでは、ウラルアルタイ山脈手前がそうらしい)に辿り着けずに、
日本列島を縦断しながら悪さをしているのが、今年のあまりにも異常にして激しい気象の原因ではなかろうか。
つまり、低気圧が黙って静かに通り抜けて行けずに、その分だけ発達しながら暴走しているように見える。
私は気象の専門的なことは分からないので、空を見て風を読んで、鳥の声を聞きながら天気の変化を判断する。
なんだか住みにくくなってきたなと思う。それは極論すれば、生きにくい場所になってきたということでもある。
最近の悪天候には、水蒸気の増加と雲の発達が目先の原因として関係している。
その雲がなぜ増えるかについては、最近異変がささやかれはじめた太陽が関係しているとの説がある。
太陽の磁気バリアが弱ると、地球の大気圏内に届く宇宙線の量が増加して、それが雲の核になるという説だ。
また、先日の爆弾低気圧では、成層圏との境に隙間ができて上昇気流が渦を巻いたという説明があった。なぜ?
気象予報ではおしえてくれないので、自分で調べてみると、最近なぜか空が低くなっているらしい。大気圏の縮小?
大気圏の縮小は私的な直感だけれど、太陽のバリアが弱って地球を十分守れなくなるならば、大気圏は弱るだろう。
宇宙線の到達量の増加と、空が低くなっていることと、大気圏の縮小はリンクするのではないか。
大気圏が縮小しているのならば、狭くなった上空を移動するジェット気流が蛇行するという理屈もうなずける。
ながいものを狭い場所にしまうときには畳んだり丸めたりする。つまりは、それが気流の蛇行に相当するのではないか。
危なくなってきたと思う。人類の天井知らずの発展が、惑星一つの圏内に収まらなくなったのだろう。
人類の文明は根本的なところで、地球を植民地と位置付けているのではないかとの疑いを持っている。
自然の征服、神、宇宙創造、選ばれた民、これらの概念は生態系にとっては全く自然とは言えない後付けのものだ。
自分の足元を忘れた存在は、たとえどのようなものでも、滅亡の危機に瀕していると言える。
どれだけ外見が違っても、生きとし生けるものは皆DNA情報によって組み上げられている。生物が滅びれば人も滅びる。
海も安全ではない。ペルーではイルカやペリカンの大量死を受けて、海に近づかないよう通達が出されている。
人間の一番大きな問題は、現在の人間中心主義、いうならば「人権神授説」のようなものなのではないか。
どこの誰だか(馬の骨だか)わからない、いるかいないかもわからない「神を信じ」「神を殺し」「神になった」人間。
今は、人間の社会から距離を取って、遠いところに仮想的な視点を置いて、「存在することの意味」を考えている。
存在することから生きることまでおろしてくれば、根源的な部分で「宇宙と宇宙に材料を提供したなにものか」とつながるだろう。
私は、宇宙は人間を生むためにできたという言説ほど思い上がったものはないと感じている。
その「無意識の神」の上に築かれた人類の文明が、宇宙に材料を提供した「設計技術を持つ存在」に否定されている。
杞憂だろうか。空は落ちてきている。もう、杞憂とは言えないのではないか。
ここ数年、レーダーで雲の動きを追っているけれど、最近は不規則で雲の進行方向がめちゃくちゃになっている。
例えば、関東では大体の場合において南西から北東方向、大きく言えば西から東に雲が流れることが普通だった。
しかし、昨年ごろから南東から北西に上がってくる雲が湧いてきたり、東から西に流れる雲が現れるようになった。
今回の同時多発竜巻に見られるような、激しい気象については、日本のメディアより外国メディアのほうが説明が明確だ。
高温多湿と、この季節にはあり得ないほどの上空の寒気と、ブロックする高気圧と、さらにジェット気流の蛇行が積乱雲を生んでいる。
いつも思うことだが、現象の説明はされても、その現象を引き起こした根本原因については何も説明されない。
それでは、何も説明していないのと同じことではないかと思う。現象の後追いだけならば、誰でもできるだろう。
なぜ、ジェット気流が蛇行しているのか、なぜ、ブロッキング高気圧が日本の東海上から動かないのか。
なぜ、日本の上空だけではなく、地球の上で高気圧と低気圧が固定化されたように渋滞した状態になっているのか。
それらが最近の梅雨入りしたような雨続きの、そして少し条件がそろってしまうと、災害レベルの激しい気象を生む原因だろう。
雲のおかしな動きは、ここ2年ほどで激増しているように感じる。
それにともなって、ブロッキング高気圧にも気づくようになった。
さらに日本を通過していった低気圧が最終的に北海道のはるか北東に流されて、たいてい低気圧が2,3個たまっていた。
その、低気圧の墓場(ヨーロッパでは、ウラルアルタイ山脈手前がそうらしい)に辿り着けずに、
日本列島を縦断しながら悪さをしているのが、今年のあまりにも異常にして激しい気象の原因ではなかろうか。
つまり、低気圧が黙って静かに通り抜けて行けずに、その分だけ発達しながら暴走しているように見える。
私は気象の専門的なことは分からないので、空を見て風を読んで、鳥の声を聞きながら天気の変化を判断する。
なんだか住みにくくなってきたなと思う。それは極論すれば、生きにくい場所になってきたということでもある。
最近の悪天候には、水蒸気の増加と雲の発達が目先の原因として関係している。
その雲がなぜ増えるかについては、最近異変がささやかれはじめた太陽が関係しているとの説がある。
太陽の磁気バリアが弱ると、地球の大気圏内に届く宇宙線の量が増加して、それが雲の核になるという説だ。
また、先日の爆弾低気圧では、成層圏との境に隙間ができて上昇気流が渦を巻いたという説明があった。なぜ?
気象予報ではおしえてくれないので、自分で調べてみると、最近なぜか空が低くなっているらしい。大気圏の縮小?
大気圏の縮小は私的な直感だけれど、太陽のバリアが弱って地球を十分守れなくなるならば、大気圏は弱るだろう。
宇宙線の到達量の増加と、空が低くなっていることと、大気圏の縮小はリンクするのではないか。
大気圏が縮小しているのならば、狭くなった上空を移動するジェット気流が蛇行するという理屈もうなずける。
ながいものを狭い場所にしまうときには畳んだり丸めたりする。つまりは、それが気流の蛇行に相当するのではないか。
危なくなってきたと思う。人類の天井知らずの発展が、惑星一つの圏内に収まらなくなったのだろう。
人類の文明は根本的なところで、地球を植民地と位置付けているのではないかとの疑いを持っている。
自然の征服、神、宇宙創造、選ばれた民、これらの概念は生態系にとっては全く自然とは言えない後付けのものだ。
自分の足元を忘れた存在は、たとえどのようなものでも、滅亡の危機に瀕していると言える。
どれだけ外見が違っても、生きとし生けるものは皆DNA情報によって組み上げられている。生物が滅びれば人も滅びる。
海も安全ではない。ペルーではイルカやペリカンの大量死を受けて、海に近づかないよう通達が出されている。
人間の一番大きな問題は、現在の人間中心主義、いうならば「人権神授説」のようなものなのではないか。
どこの誰だか(馬の骨だか)わからない、いるかいないかもわからない「神を信じ」「神を殺し」「神になった」人間。
今は、人間の社会から距離を取って、遠いところに仮想的な視点を置いて、「存在することの意味」を考えている。
存在することから生きることまでおろしてくれば、根源的な部分で「宇宙と宇宙に材料を提供したなにものか」とつながるだろう。
私は、宇宙は人間を生むためにできたという言説ほど思い上がったものはないと感じている。
その「無意識の神」の上に築かれた人類の文明が、宇宙に材料を提供した「設計技術を持つ存在」に否定されている。
杞憂だろうか。空は落ちてきている。もう、杞憂とは言えないのではないか。
雑感
客観的、外見的、世間の評価軸的、人生設計的には、まったくそうは考えられないけれど。
自分が生きる目的(意味)という、ただ一点だけに絞り込んで見てみると
目標とすること(世界、状態、帰属先)、目的に合わせてゼロから構築した後天的に形成した(人)格
さらには形成の過程で獲得した情報を受け取る能力(のようなもの)、その情報から見えてくる広大な世界
幾つかの点だけを見ていたら、自分が稀にみる幸運を与えられていることに気がついた。
自分の核となる部分だけについて言うならば、「私の人生は完璧だ」。「どこで生きても、これ以外にありえない」。
何ということ。本当に、幸せだと思っていることに驚いた。一点で評価すれば、私の人生は完璧だった。
自分が生きる目的(意味)という、ただ一点だけに絞り込んで見てみると
目標とすること(世界、状態、帰属先)、目的に合わせてゼロから構築した後天的に形成した(人)格
さらには形成の過程で獲得した情報を受け取る能力(のようなもの)、その情報から見えてくる広大な世界
幾つかの点だけを見ていたら、自分が稀にみる幸運を与えられていることに気がついた。
自分の核となる部分だけについて言うならば、「私の人生は完璧だ」。「どこで生きても、これ以外にありえない」。
何ということ。本当に、幸せだと思っていることに驚いた。一点で評価すれば、私の人生は完璧だった。
幻視
数日前、電車に乗っているときに興味深い体験をする。
おそらく内言語を用いて「イマジナリーコンパニオン」と対話するような雰囲気で、深いコミュニケーションがあった。
昔は、自分で自分の考えをまとめていくために使っていた「虚構の対話」形式だが、自問自答の閉鎖回路とは明らかに違った。
ずっと長い間、考え続けていて、自分の決断に自信がもてなかった根幹部分に答えがもたらされた。
ひどい雨だった。雨粒は亜熱帯から熱帯のスコールのようで、降り方にためらいも情緒もなく、暴力的だった。
水というのは、ないと死んでしまうけれど、適量をこえると武器になる。21世紀は間違いなく水の世紀といえるだろう。
その水が、荒れ狂っている。2004年の10月から、「土と水の相転移」というワードが気になり続けている。まだ終わっていない。
気になり始めてすぐに、スマトラの大津波があり、昨年は東日本大震災があった。
土と水は、人間にとって地球のすべてともいえるほど根源的なものだ。それに大気と太陽があれば生物は生きられる。
大気は、十分に汚染されている。汚染され続けている。太陽は、不安定になりだした。地上に降る宇宙線も増えているだろう。
土と水がどこまで転移していくのか、わからない。すべてが粉々に砕けて混ざり合うのか、すべてが泡と消えるのか。
電車に揺られて、そのようなことをぼんやりと思っていたら、自分の内面にひとつの回路が開けた。
そして、思いもかけなかったような、斬新というか衝撃的というか、世界についての新たな見方をひとつ獲得した。
しかしあまりにも珍奇な見方(考え方)なので、言語にすることはできない。イメージとシグナルでのコミュニケーション。
まあ、妄想だということでよろしいのではないでしょうか。これを言語化する日は決して訪れないような気がします。
回路と水路は似ていて、人はシナプスの結合をすることで神経を有髄化して、反応速度を飛躍的にあげることができる。
脳のシナプスを結合して無髄神経を有髄化することと、土にしみてしまう水に誘導路を作って水路とすることは似ている。
思考も水も、逃げずに決まった場所を通ることで、予定調和が出来上がる。いつもと同じ路を通って、物質の安定供給ができる。
神経伝達物質と水の違いはあるが、どちらも回路を通って液体の形で運ばれることは同じだろう。
天窓があるということは、関係が双方向であることを示唆している。
天窓から空を見上げることで、空に浮かんだ星々を見ることができるが、縮尺を無視すれば、向こう側からこちら側が見える。
また、電波の伝搬距離は時間をかければどこまでも続いているため、こちらからもあちらからもシグナルを送ることはできる。
要は、コミュニケーションをとるためには共通のアンテナが必要になる。このアンテナの仕様は、人に仕込まれた宇宙船のようだ。
つまり、アンテナを使用する神経回路を有髄化して使い続けることで、「身近ではない」情報の解釈と理解と内面化が可能になる。
これがつまるところ何を意味するかというと、人間(に仕込まれた普遍的な知性)の脱地球化が可能であるということのようだ。
いずれにしても、遠すぎる、そして見ることも触ることもできない世界に興味を示す人はほぼゼロだといえる。
だとすれば、人間の脳に潜んでいる「共通アンテナ」の機能は、きわめて無駄な機能だと言える。使わないものは退化する。
感覚的な物言いになるが、おそらく古代エジプト文明で長頭のアンテナのように見える意匠は、この共通アンテナではないか。
ピラミッドも太陽神も動物崇拝も物々交換経済も死者の書も、このあたりから読み解くと新しい位置づけができるかもしれない。
以上は私のひとりごと。とはいいながら、じわじわショックを受けているかもしれない。自分の立ち位置が明確になった。
それの何がショックかと聞かれたら(たぶん聞かれることはないと思うが)、宇宙船から、頭上に地球を見ているショック。
これまでのイメージでは、眼下や足下に地球を見ていた(ブランコに乗って。どこにあるかわからないけど)。さかさまだった。
最近わかったこと。密教は性に合わない。こねすぎてしまって、超能力や現世利益や他力本願によりすぎているようで。
特にいやなのは、異端ではあろうけれど、立川流の秘儀。気持ち悪くて、文章を最後まで読み切れない。生々しすぎるでしょう。
むしろ私はシンプルで明確で硬質な、原始仏教の話がいい。中村元先生が特にいい。
ちょっと興味を持っていて、ひところ一所懸命読んでいた唯識のお話なら、上山春平先生がいい。
地球と太陽、これから大きな変換機に入っていくんだろう。変革期と書こうとして間違えたけどこれでいいらしい。
ものすごく縮尺を自在に操作できる、イマジナリースペースの技術者みたいな存在がいるかもしれないというお話。ばかみたいだけど。
要するに、宇宙創造ではなくて、想像宇宙というのが起点になっているとか。そうするとひも理論と数物の接点もわかりやすい。
私は、もう私じゃなくても全然かまわない。充分生きたと思うし、楽しかった。
あとは、自分のやるべきことに集中することで、残された時間の中で答えを出していきたい。すべての混沌に。
【追記】
(脳の)回路と水路の類似点について、追って気が付いたことをひとつ追記。情報も水(おもに雨)も、通る路がなければ中に入らずに消えてしまう。また、路に乗らずに入ってきたものは、無意識化するか地下水化して、潜在的な原料となる点では同じと言える。意識化(利用可能化)するためには、情報も水も回路を必要とする点ではまったく同じだと言える。
おそらく内言語を用いて「イマジナリーコンパニオン」と対話するような雰囲気で、深いコミュニケーションがあった。
昔は、自分で自分の考えをまとめていくために使っていた「虚構の対話」形式だが、自問自答の閉鎖回路とは明らかに違った。
ずっと長い間、考え続けていて、自分の決断に自信がもてなかった根幹部分に答えがもたらされた。
ひどい雨だった。雨粒は亜熱帯から熱帯のスコールのようで、降り方にためらいも情緒もなく、暴力的だった。
水というのは、ないと死んでしまうけれど、適量をこえると武器になる。21世紀は間違いなく水の世紀といえるだろう。
その水が、荒れ狂っている。2004年の10月から、「土と水の相転移」というワードが気になり続けている。まだ終わっていない。
気になり始めてすぐに、スマトラの大津波があり、昨年は東日本大震災があった。
土と水は、人間にとって地球のすべてともいえるほど根源的なものだ。それに大気と太陽があれば生物は生きられる。
大気は、十分に汚染されている。汚染され続けている。太陽は、不安定になりだした。地上に降る宇宙線も増えているだろう。
土と水がどこまで転移していくのか、わからない。すべてが粉々に砕けて混ざり合うのか、すべてが泡と消えるのか。
電車に揺られて、そのようなことをぼんやりと思っていたら、自分の内面にひとつの回路が開けた。
そして、思いもかけなかったような、斬新というか衝撃的というか、世界についての新たな見方をひとつ獲得した。
しかしあまりにも珍奇な見方(考え方)なので、言語にすることはできない。イメージとシグナルでのコミュニケーション。
まあ、妄想だということでよろしいのではないでしょうか。これを言語化する日は決して訪れないような気がします。
回路と水路は似ていて、人はシナプスの結合をすることで神経を有髄化して、反応速度を飛躍的にあげることができる。
脳のシナプスを結合して無髄神経を有髄化することと、土にしみてしまう水に誘導路を作って水路とすることは似ている。
思考も水も、逃げずに決まった場所を通ることで、予定調和が出来上がる。いつもと同じ路を通って、物質の安定供給ができる。
神経伝達物質と水の違いはあるが、どちらも回路を通って液体の形で運ばれることは同じだろう。
天窓があるということは、関係が双方向であることを示唆している。
天窓から空を見上げることで、空に浮かんだ星々を見ることができるが、縮尺を無視すれば、向こう側からこちら側が見える。
また、電波の伝搬距離は時間をかければどこまでも続いているため、こちらからもあちらからもシグナルを送ることはできる。
要は、コミュニケーションをとるためには共通のアンテナが必要になる。このアンテナの仕様は、人に仕込まれた宇宙船のようだ。
つまり、アンテナを使用する神経回路を有髄化して使い続けることで、「身近ではない」情報の解釈と理解と内面化が可能になる。
これがつまるところ何を意味するかというと、人間(に仕込まれた普遍的な知性)の脱地球化が可能であるということのようだ。
いずれにしても、遠すぎる、そして見ることも触ることもできない世界に興味を示す人はほぼゼロだといえる。
だとすれば、人間の脳に潜んでいる「共通アンテナ」の機能は、きわめて無駄な機能だと言える。使わないものは退化する。
感覚的な物言いになるが、おそらく古代エジプト文明で長頭のアンテナのように見える意匠は、この共通アンテナではないか。
ピラミッドも太陽神も動物崇拝も物々交換経済も死者の書も、このあたりから読み解くと新しい位置づけができるかもしれない。
以上は私のひとりごと。とはいいながら、じわじわショックを受けているかもしれない。自分の立ち位置が明確になった。
それの何がショックかと聞かれたら(たぶん聞かれることはないと思うが)、宇宙船から、頭上に地球を見ているショック。
これまでのイメージでは、眼下や足下に地球を見ていた(ブランコに乗って。どこにあるかわからないけど)。さかさまだった。
最近わかったこと。密教は性に合わない。こねすぎてしまって、超能力や現世利益や他力本願によりすぎているようで。
特にいやなのは、異端ではあろうけれど、立川流の秘儀。気持ち悪くて、文章を最後まで読み切れない。生々しすぎるでしょう。
むしろ私はシンプルで明確で硬質な、原始仏教の話がいい。中村元先生が特にいい。
ちょっと興味を持っていて、ひところ一所懸命読んでいた唯識のお話なら、上山春平先生がいい。
地球と太陽、これから大きな変換機に入っていくんだろう。変革期と書こうとして間違えたけどこれでいいらしい。
ものすごく縮尺を自在に操作できる、イマジナリースペースの技術者みたいな存在がいるかもしれないというお話。ばかみたいだけど。
要するに、宇宙創造ではなくて、想像宇宙というのが起点になっているとか。そうするとひも理論と数物の接点もわかりやすい。
私は、もう私じゃなくても全然かまわない。充分生きたと思うし、楽しかった。
あとは、自分のやるべきことに集中することで、残された時間の中で答えを出していきたい。すべての混沌に。
【追記】
(脳の)回路と水路の類似点について、追って気が付いたことをひとつ追記。情報も水(おもに雨)も、通る路がなければ中に入らずに消えてしまう。また、路に乗らずに入ってきたものは、無意識化するか地下水化して、潜在的な原料となる点では同じと言える。意識化(利用可能化)するためには、情報も水も回路を必要とする点ではまったく同じだと言える。
奥底の泡
思うところありまして、SF小説から仏教関連の書籍に方向転換して読書を続ける予定になりました。
仏教方面に加えて、量子流体と考えられ始めた宇宙についての思索をできるだけ深められればと思います。
宇宙論にもいろいろあるようでして、美貌と書籍の売り上げを誇るリサ・ランドール博士によると、宇宙は5次元のようです。
そうしますと、宇宙は無数にあることも想定され、時代はユニバースからマルチバースに変わっていきつつある感じですね。
極私的宇宙論では、クォークを構成するのは「固定の周波数で振動する網目の一コマのバリエーション」だと想定しています。
これは、ひも理論のストリングにあたるのではないかと憶測しております。私の感覚ではひもは独立ではなく、大きな格子の一コマ。
その格子を便宜的にグリッドと呼んでおります。無限大の速度で同時偏在する、情報群=ありとあらゆる命題の集合のようなもの。
だから、グリッド=情報格子と勝手に名付けています。
この、同時偏在するグリッドの無限大の速度を、宇宙の特異点にして上限速度の「光速」に圧縮することで情報が物質化する。
つまり、同時偏在している速度無限大の情報が、光速にとどめるための超強力なブレーキをかけられて、振動を開始するのではないかと。
さらにはこの情報格子=グリッドは、二次元ではなくもっと高次元の重層的な構造になっていることで、周波数が異なったり虚数の振動を持っている。
そのことが量子の揺らぎを生み、また反物質が生成されたり消滅したり、重力子と想定されるものが次元を移動する根本原因なのではないかと。
物質世界のもつれたひもをほどいていくと、不可視にして重層的で微細にして美しい、硬質で儚い情報格子に行きついていく。
それが、私には、世界の奥底からつきることなく立ち上る、神秘の泡のように感じられているのでありました。まあ、わかりにくい話ですね。
昨日あたりは、真言の声明を聞いておりました。これもまた、体の中から微細な泡がいちどきに沸き立つような体験であります。
声明も聞きすぎるとあまりよくないので、今日はフォークロアなどを見ておりましたけれど、結局、本能的に泡立つものに惹かれてしまい。
最初は、このあたりのマイルドなもので。ネイティブ・アメリカンの音楽はどうしてもなぜか本能的にくるものがありますね。
で、ちょっとワイルドな感じでこのあたりもとても好みです。もっとプリミティブでどんどこしたのも好きですね。
これらの動画を見ていたら、なんとなく、北公次さんを連想してしまいました。こういう雰囲気でしたよね、若いころの北公次さん。
さらに、フォーリーブスの「北公次さんの作詞曲(たぶんジャニーさん作)」を聞いていると、もうジャニーさんの深すぎる愛情があふれすぎ。
私は、全盛期の北さんの魅力と磨き上げたジャニーさんを素晴らしいと思うので、その後の不幸な出来事は興味ありません。利用する輩が悪い。
ジャニーさん、詩人でロマンチスト。そして男性の魅力への鑑識眼が本当に素晴らしい。北さん、見出されて本当に幸せだったんじゃないでしょうか。
“青空へ飛んでいこう、自由なふたりで”とか“命がけの愛のしずくと僕のすべてあげよう”とか(聞き取りにはあんまり自信ありませんが)
“ごらんあの海あふれた海を、君の涙が止まらぬ限り”とか、“太陽だって青空だって溺れて消えるから”って。
“僕とおいでよ、悲しみ忘れ 昨日浮かべた 愛の小舟で”なんて、もう、どうしていいのかわからないくらい、愛しすぎてるではありませんか。
秘め事は秘め事。この広い世界で愛せる人に出会ったならば、性別など超えて法的に守られたうえで、一緒に生きられる社会を作るのがベスト。
たらればはないけれど、もしこの愛が途切れずに続いていた場合に、どこまでどのような活動ができたのか、ちょっとしりたい。
ずいぶん昔(昭和の終わりの頃だったかな)、DJやってた人が「ジャニーズはシンクタンク」と言ってたけれど、本当にそんな感じ。
時代を先取りしていたし、流行っているもの、親しまれるものへの嗅覚と外国の良いものを上手に取り入れることに長けていてすごかった。
そんなこんなで、名曲として名高い「踊り子」のシャーラーララララの元歌を思い出しちゃった。ショーケンだったぬ。
さらに、ものすごく愛にまみれた歌詞の「夏の誘惑」はおそらくインスパイアード by カルロス・サンタナっぽい。
いやいや、追いかけていくと面白いことがわかってきますね。こういう感覚も意識というよりも無意識の泡の仕業でありまして、楽しいです。
奥底の泡、あなどれませんぞ。
仏教方面に加えて、量子流体と考えられ始めた宇宙についての思索をできるだけ深められればと思います。
宇宙論にもいろいろあるようでして、美貌と書籍の売り上げを誇るリサ・ランドール博士によると、宇宙は5次元のようです。
そうしますと、宇宙は無数にあることも想定され、時代はユニバースからマルチバースに変わっていきつつある感じですね。
極私的宇宙論では、クォークを構成するのは「固定の周波数で振動する網目の一コマのバリエーション」だと想定しています。
これは、ひも理論のストリングにあたるのではないかと憶測しております。私の感覚ではひもは独立ではなく、大きな格子の一コマ。
その格子を便宜的にグリッドと呼んでおります。無限大の速度で同時偏在する、情報群=ありとあらゆる命題の集合のようなもの。
だから、グリッド=情報格子と勝手に名付けています。
この、同時偏在するグリッドの無限大の速度を、宇宙の特異点にして上限速度の「光速」に圧縮することで情報が物質化する。
つまり、同時偏在している速度無限大の情報が、光速にとどめるための超強力なブレーキをかけられて、振動を開始するのではないかと。
さらにはこの情報格子=グリッドは、二次元ではなくもっと高次元の重層的な構造になっていることで、周波数が異なったり虚数の振動を持っている。
そのことが量子の揺らぎを生み、また反物質が生成されたり消滅したり、重力子と想定されるものが次元を移動する根本原因なのではないかと。
物質世界のもつれたひもをほどいていくと、不可視にして重層的で微細にして美しい、硬質で儚い情報格子に行きついていく。
それが、私には、世界の奥底からつきることなく立ち上る、神秘の泡のように感じられているのでありました。まあ、わかりにくい話ですね。
昨日あたりは、真言の声明を聞いておりました。これもまた、体の中から微細な泡がいちどきに沸き立つような体験であります。
声明も聞きすぎるとあまりよくないので、今日はフォークロアなどを見ておりましたけれど、結局、本能的に泡立つものに惹かれてしまい。
最初は、このあたりのマイルドなもので。ネイティブ・アメリカンの音楽はどうしてもなぜか本能的にくるものがありますね。
で、ちょっとワイルドな感じでこのあたりもとても好みです。もっとプリミティブでどんどこしたのも好きですね。
これらの動画を見ていたら、なんとなく、北公次さんを連想してしまいました。こういう雰囲気でしたよね、若いころの北公次さん。
さらに、フォーリーブスの「北公次さんの作詞曲(たぶんジャニーさん作)」を聞いていると、もうジャニーさんの深すぎる愛情があふれすぎ。
私は、全盛期の北さんの魅力と磨き上げたジャニーさんを素晴らしいと思うので、その後の不幸な出来事は興味ありません。利用する輩が悪い。
ジャニーさん、詩人でロマンチスト。そして男性の魅力への鑑識眼が本当に素晴らしい。北さん、見出されて本当に幸せだったんじゃないでしょうか。
“青空へ飛んでいこう、自由なふたりで”とか“命がけの愛のしずくと僕のすべてあげよう”とか(聞き取りにはあんまり自信ありませんが)
“ごらんあの海あふれた海を、君の涙が止まらぬ限り”とか、“太陽だって青空だって溺れて消えるから”って。
“僕とおいでよ、悲しみ忘れ 昨日浮かべた 愛の小舟で”なんて、もう、どうしていいのかわからないくらい、愛しすぎてるではありませんか。
秘め事は秘め事。この広い世界で愛せる人に出会ったならば、性別など超えて法的に守られたうえで、一緒に生きられる社会を作るのがベスト。
たらればはないけれど、もしこの愛が途切れずに続いていた場合に、どこまでどのような活動ができたのか、ちょっとしりたい。
ずいぶん昔(昭和の終わりの頃だったかな)、DJやってた人が「ジャニーズはシンクタンク」と言ってたけれど、本当にそんな感じ。
時代を先取りしていたし、流行っているもの、親しまれるものへの嗅覚と外国の良いものを上手に取り入れることに長けていてすごかった。
そんなこんなで、名曲として名高い「踊り子」のシャーラーララララの元歌を思い出しちゃった。ショーケンだったぬ。
さらに、ものすごく愛にまみれた歌詞の「夏の誘惑」はおそらくインスパイアード by カルロス・サンタナっぽい。
いやいや、追いかけていくと面白いことがわかってきますね。こういう感覚も意識というよりも無意識の泡の仕業でありまして、楽しいです。
奥底の泡、あなどれませんぞ。
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